わすれなぐさ

思うこと。

克服できなかった課題は

問.悲劇のヒロインになって何がしたかったのか?


答.「私をひとりにしないで」という気持ちをまわりに押しつけたかった






問.悲劇のヒロインになって何がしたいのか?


答.






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頭のなかの内密の思考

精神的な融合が起こるとき
人は解放され、新たに拘束される。
今までとは別なそれに。

一度融合したら、離れられない。
相手から自由になれないし、自由にできない。
囚われるし、捕らえるし。

ひとつになる、という感覚は
物凄く恐怖。





いつかすれ違った誰かが、教えてくれたことです。

「そのままでいい」わけないです。

過去には「そのままのあなたでいいのよ」と言う人がいたけれど、私は私を【生きているだけで醜い存在】と感じていたのだから、そのままでいいと言われることは醜いままでいなさいと言われるに等しいもので、そのままでいいはずがないのに一体何のつもりでそんなことを言うんだと思ったものだった。


はてどうしたものか、と醜さを持て余していたところ、schizoprenicは教えてくれた。

曰く、日々の暮らしで主導権を握るのは誰か?ということ。

誰もが、とは言わないが、自分の中に【不安定な部分】を持つ人がいるのは特別なことではない。ただ、その不安定さは部分的な話であり、部分をコントロールする別な人が日々の暮らしでの主導権を握ればいいのだ、ということ。日々、病気と付き合う彼らからすればこういう考え方は当たり前のことなのだろう。

醜さは不安定さからくるものと思っていた私は、それが部分であり全人的なものではないという話で非常に救われる思いがした。ありがたかった。

【不安定な部分】のコントロールが難しく、殺さなければならない、と躍起になったりもしたけれど、消えてくれないから今は一緒にいることにしている。不安定な私が顔を出すスイッチを見つけてからは、少し付き合いやすくなっている。

そのままではいられないしいたくなかったので色々と考えた、という、思い出と現在の話です。

愛される、を知って気づいたこと

それは、それまでの自分が
愛されていなかったことを
認められずにいた、ということ

本当に大切な人は
他の何かと比べる対象にはならない

比べた私は、
比べられた私は、

愛していなかったし、
愛されてもいなかった


ただそれだけでした

死から考えた、生きること

前の記事で祖母のことに触れたが

その一週間後に亡くなった。

 

3年半前に脳梗塞で倒れてから、

話すことも、食べることも、できなくなった。

けれど、それまでの祖母とも、それからの祖母とも、

自分が満足するくらいの思い出を作ることができた。

思い出せば祖母の声も聞こえる。

だから、悲しくないし、後悔もしてない。

 

言い方が適切ではないことは覚悟のうえで言うけれど、

死んで焼かれて骨になるその過程は、

ゴミを処理することと、同じなんだなぁ、

それくらい、命の終わりはあっけないなぁ、と、思ってしまった。

命、それ自体に、意味はないかもしれない。

作る努力をするから、意味は生まれるものなのかも。

 

誰かが死んで残るのは、分け合った時間の思い出だけだし、

私が死んで持っていけるのもまた、思い出しかないのだろう。

 

死んだら終わり。

誰かと時間を分け合って思い出を作れるのは

生きているうちだけ。

 

思い出があれば、大切な人が死んでしまっても、

その人とはずっと一緒に生きていける。

 

逆に私が死んだら、

思い出として、大切な人を支えられるかもしれない。

 

だから、大切な人が明日死んでも、私が明日死んでも、後悔しないように、

限りある時間を、大切な人と好きなことをする時間、に配分することを優先したいし

伝えたいことは伝えられるうちに、十分に伝えるように努力したい、そう思った。

 

それから、大切な人と出会えたご縁に報いたいから、

その人が教えてくれたことは、

自分のこれからの人生に活かしていき、

別な誰かに分けていきたい。

 

祖母は私に「人の尊厳」について教えてくれた。

だから今度は、これから出会う誰かの「尊厳」を大切にする、ということに

挑戦してみたいと思う。

それが、祖母と出会い、過ごしてきた時間を、大切にすることに

なるんじゃないかな、と、今は思っている。

 

死を思うと、生きることのシンプルさが見えてくる。

それを見失わなければ、きっと後悔しない。

そういうことを、考えた数日。

 

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ばあちゃん、また会いましょう。

限りある命、大切にします。

ありがとうね。

~~~

 

 

 

 

尊厳について

今日は祖母の引っ越しの日だった
施設を去る際、お世話になった職員がたくさん、見送りに来てくれたことや
その場面で祖母が大粒の涙を流していたことを観ていて
言葉を失っても祖母は祖母のままだ、と、思った

祖母らしさはちゃんと残っていたし、
それは施設の職員が、祖母が祖母のままでいられるように
沢山の気持ちを分けてくれたおかげだと思った


その人らしさ、とか、尊厳、とか
漠然としていてよくわからなかったけれど

どんなに小さな声でも、
それがもう言葉にならないものだとしても、

その声にはその人がちゃんといるから

声を聞き取ろうと細やかに気を配ることが
その人らしさや尊厳を守ることに
繋がるのかなあ、ということを
今日は考えた。

救いようのない関係に

蛇にピアスを観てからずっと
アマのことが頭から離れない

既視感がある
今まで会った誰かとアマが、同じに見えてしまう
その時私は、ルイだった

アマの瞳に映る私しか見てなかった

居場所が欲しかった
探して探して、やっと見つけたのが、アマの瞳だった

アマが消えて泣いたのは、
アマを心配したからではない

私の、私の居場所が、無くなったことを嘆いたのだ




浅ましくて、思わず顔を手で覆う
救いようのない関係だった