わすれなぐさ

思うこと。

弱者の味方

「弱者の味方であれ」という言葉について考えるとき

「そう思う自分は何者なんだ?」という問いにぶつかってしまう。

「弱者」とは、何者?
理解されにくい人々のこと?
この社会を生きる力の弱い人々のこと?
私は?「弱者」ではないのか?

誰かを「弱者」と認めるとき、私は、その「誰か」を見下しているのでは…

そう思うとこわい。


昔、様々な境遇の子どもと接する仕事をしていたとき、こんなことを思っていた。

「ヒトリだ、寂しい」との思いを持つ子に対し
あなたはヒトリではない、と伝えたい。と。
長い人生に比すれば一瞬にすぎないが、一時でもあなたに味方がいたのだということを、この先また辛くなったら思い出してほしい。と。

数年置いて今、また同じような仕事をしている。
そしてやはり、同じように思っている。
私が相手に対して具体的に出来ることはない、その人が自分の力で人生を歩む姿を、見ていることしか、出来ないが…。


こう思う私も、どこかで、
「弱者の味方でいたい」思いをずっと持っていたんだと思うが、それを認められない。

私が、誰かのことを「弱者」と思う、そのことに抵抗があるからだと思う。



「弱者」って、何だろう。