わすれなぐさ

思うこと。

おにぎり

「たった一度の人生、気楽に楽しくいきましょう」
小学校を卒業する12歳の私が、母からもらった言葉。

それから10年後、22歳、大学4年生。就職活動は、行き詰まっていた。なんとかしなきゃ、という気持ちと裏腹に、全くついてこない結果。うまくいかないことを予想してはいたのだが先の見えないことがものすごく自分を追い詰め、暗闇の中にある明日を考えることがとても苦痛になっていた。

そんな中、久々に実家へ帰り母と話した。心配だったのだろう、母は遠慮がちに就職活動について状況をうかがう。「まあ、ぼちぼち、かな」とこたえながら目の前の景色がゆっくり、ぐにゃぐにゃと歪む。つらいと思いながらそれまで流さなかった涙が、ぽろ、ぽろと流れてきた。

昔から、人にうまく頼ったり甘えたり、そういうことができない。自分で何とかしなきゃ、でも大変だ、どうしよう……と心の中で日々大戦争を繰り広げていても、それを話せない。母に「あなたが私に一番よく似ている」と初めて言われたのがちょうど12歳のとき。10年経っても、変わらない私がそこにいた。

母は眉をハの字に静かに笑っていた。「帰ったら、食べなさい」と帰り際に手渡されたのは、おにぎり。のりが苦手な私のおにぎりは、ご飯にゴマを混ぜたものと決まっていた。

帰って、銀紙を開ける。私だけのおにぎりが、そこにはあった。思わずほおばる。すると押し込めていた色々な感情が、心の奥底から噴き出してきた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった自分の姿がいつかの母の姿でもあるのかと思うと、なんだかおかしかった。頑張らなければ、とひとりで肩肘張っていたけれど、そこに母の姿を重ねたら、孤独な気持ちがすこし和らいだ。

夜、母から一通のメール「気楽にやりなさい」。本当に気楽に生きてきた人に、そんなことは言えないと思った。重ねた苦労から言葉に込めた願いを掬いとる。10年後の私は、母とどんな話をしているだろう。


終わり。